被災地へ行って来ました。

週末、被災地へ行って来ました。

これは現地の写真ですが、台風や大雨や河川氾濫や津波の影響ではなく、純粋に地震の結果としてプレートを含め地盤全体が沈下した結果、今迄の陸地が海水面下となり、海岸線が後退して海に成ってしまった住宅街です。
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つまり、写真に写っている水は雨水や河川の水ではなく海水で満たされており潮の香りが漂い、津波が引いていないとか水はけが悪いとかではなく、常態としてこの様に海水で満たされた地域が有り、ベネチアのゴンドラでも常設しない限りは日常生活に支障を来たす様な、日本の法律と文化では対応不可能な地域が出来てしまっています。
日本沈没という映画が有りましたが、それが現実と化したと言って過言では無いと思いました。

海岸線が後退した証拠として、ここは本来は比較的大きな船を着岸させる岸壁のはずですが、舫いを繋ぎ止める杭だけを残し、その内側も外側と同様に海水で満たされ、砂浜様の細かな砂利で埋め尽くされて小さな波が打ち寄せています
DSC00869.jpg


そして、こちらは津波に浚われた地域で、上の写真とは対照的に家は無くなっていますが土地は土地として現存しています。
DSC00873.jpg
この写真の右上に写っている高台にある2階建て鉄筋コンクリートの建物が倒壊しているのが判ると思います。

通行しているのは自衛隊や米軍の軍用車両しか無く、東京大空襲を受けて壊滅状態の帝都を見ている錯覚に襲われます。しかも田舎ですから避難所生活をおくっている方々は御年寄りが大多数を占め、実際に戦争を体験してきた年代の方々が多く居ます。そんな一番苦労を背負ってきた方々の余生がこんな形では忍びありません。筆者は、この前日に首都圏に居まして、原宿・渋谷などで若者達の着飾った衣装を見て来た翌日の撮影ですから、色々と考えさせられました。この現場と原宿・渋谷間の距離は車で1日走らずとも到着出来る程に近距離です。

この様に鉄骨ビルの3階の壁がぶち抜かれている事から、津波の高さと破壊力が容易に想像出来るかと思います。
DSC00881.jpg

そして、この様な風景が車で1日走っても続く広大な範囲に渡り続いています。

生き残った我々に何が出来るのか、真剣に考える時が来たのではないでしょうか?
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DualSocketTheWorld

Author:DualSocketTheWorld
自作を始めて20台目くらいになりますが、最初からデュアルソケット限定(始めた当時はデュアルスロット)で自作しており、近年になってAMD K6を試したくなりSocket7でK6-2+のシングル構成で組んだのがシングル初です。

シングルマザー(含:シングルソケットマルチコア)や4ソケット以上の自作は基本的にしませんし、メーカー製PCの改造も基本的にはしません(ノートPCのSSD化くらいはしますが・・・)

基本路線はワークステーションと呼ばれる分野での自作で、OSもWindows系であればProfesionalが主な対象に成ります。

ゲーマーの様なOverClockは行わず、WS路線としてハイエンドCPUとハイエンドGPUの組み合わせで定格或いはDownClockで発熱を抑えつつ、その時のアーキテクチャに置いて爆速かつ静音を目指し、30年以上の長期に渡り稼動状態をキープする事を目指します。

※基本的にリンクフリーです。どこでも自由にどうぞ。

※画像は時々変ります。

※お決まりの文章ですが、改造は個人の責任で行ってください。ここに記載された情報は間違いを含んでいる可能性が有り、それを元に製作や改造などをして失敗しても筆者は一切責任持てませんので悪しからず。

筆者略歴:
小学生時代にゴミ捨て場で拾ったジャンクテレビ数台を分解して部品を取り出し真空管アンプを自作、中学生時代にPC8801mkⅡsrでZ80アセンブラを始める。社会人になって初のプログラムは弾道計算、後に医療系・金融系プログラマ~SEを経て100~200人規模プロジェクトのジェネラルマネジャを数年経験、独立して起業。現在は不動産所得で半引退生活。
(人物特定を避ける目的で一部経歴を変更しています)

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