災害関連の記事も書いてますが?

災害当日に都内に居た筆者は、幾度か関係する記事を書き、自宅を被災者に提供し、現地へも行ってきまして、そのレポも、このブログで書きましたが、

先程、自分のブログを見たら、こんなの出てましたけど・・・何故?

nazedesyo.jpg

一ヶ月以上更新が無いブログに表示されますって書いてますけど、左記の月別アーカイブを見ての通り、筆者は2日~3日に1回ペースで新しい記事を書いてますが? 何故でしょう? FC2のシステム障害ですかね?

どうせなら自分の記事のなかの災害関連をトップに持ってくる仕組みが有ると有り難いんですけど・・・

と言うより、支援活動を以前より積極的かつ継続して行っている団体を除き、企業の行う支援活動は少なからず自身の宣伝効果を狙っています。

もしそうでなければ、筆者が3月13日に書いた記事の様に、元々そういう活動を以前より積極的に継続して行っている団体に任せるべきです。


被災したのは、何も日本の東北地方だけではありません。世界各地に以前より被災者は大勢居ますし、ある種の人災として日本が食料を買い漁った結果として今現在も食料不足に陥っている国さえ有り、それに留まらず、世界各地では紛争に遭い孤児と成った子供達も大勢居ます。その結果、年間を通して、食料品店の陳列棚に商品が殆ど無い国や地域も有り、産まれてまもない乳幼児が衰弱死してゆく光景が日常茶飯事の地域さえ実存します。

けれども、東北地方の被災地には、現在では支援物資が余る程に詰まれ、既に食料品店の陳列棚も復活しています。

原子炉の問題は継続しておりますが・・・というより、実態としては、日本全国で5千件を超える家庭が被災者の受け入れを申し出ており、受け入れ可能な収容人数では1万人をとっくに超えていますが、当の被災者達は「地元から離れたくない」とか「隣近所の人達と別れて生活するのは嫌だ」などという、世界的に見れば超ワガママ三昧の文句ばかり言っていて、放射能汚染が進行する状況にあっても、なかなか地元から離れようとしないというのが現実で、5千件を超える被災者受け入れを申し出た家庭の僅か数%しか受け入れできておらず、残りの大多数の受け入れ申し出家庭は受け入れたくても被災者当人達が断固として地元に固執するが為に受け入れる事が出来ておりません。

これはメディアやネットの情報ではなく、筆者自身が自宅での被災者受け入れ申請をし、なおかつ、現地へ行って3百人以上の被災者と顔を突き合わせて面談した結果としての生の情報です。

そんな、わがまま放題の被災者に、筆者は憤りさえ感じております。


2度ホームレスを経験し、居候生活を日本で5度、海外で2度経験している筆者だからワガママと思うのかもしれませんが・・・人間、本気に成れば金もコネも無い状態から復活出来ます。もし仮に我が家が津波に流され土地が海に沈んでも、筆者なら知らない土地で復活出来る自信が有ります。

そして冒頭の「助けあいジャパン」の広告ですが、この広告を筆者に無断でトップページに掲載した団体は、こういった実態を知っていてやっているのか?お前達は現地へ行ったのか?お前達は養子を養った事が有るのか?お前達は自宅を被災者に提供しているのか?お前達は東北以外の被災者に何かしてきたのか?そう問いたいです。
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DualSocketTheWorld

Author:DualSocketTheWorld
自作を始めて20台目くらいになりますが、最初からデュアルソケット限定(始めた当時はデュアルスロット)で自作しており、近年になってAMD K6を試したくなりSocket7でK6-2+のシングル構成で組んだのがシングル初です。

シングルマザー(含:シングルソケットマルチコア)や4ソケット以上の自作は基本的にしませんし、メーカー製PCの改造も基本的にはしません(ノートPCのSSD化くらいはしますが・・・)

基本路線はワークステーションと呼ばれる分野での自作で、OSもWindows系であればProfesionalが主な対象に成ります。

ゲーマーの様なOverClockは行わず、WS路線としてハイエンドCPUとハイエンドGPUの組み合わせで定格或いはDownClockで発熱を抑えつつ、その時のアーキテクチャに置いて爆速かつ静音を目指し、30年以上の長期に渡り稼動状態をキープする事を目指します。

※基本的にリンクフリーです。どこでも自由にどうぞ。

※画像は時々変ります。

※お決まりの文章ですが、改造は個人の責任で行ってください。ここに記載された情報は間違いを含んでいる可能性が有り、それを元に製作や改造などをして失敗しても筆者は一切責任持てませんので悪しからず。

筆者略歴:
小学生時代にゴミ捨て場で拾ったジャンクテレビ数台を分解して部品を取り出し真空管アンプを自作、中学生時代にPC8801mkⅡsrでZ80アセンブラを始める。社会人になって初のプログラムは弾道計算、後に医療系・金融系プログラマ~SEを経て100~200人規模プロジェクトのジェネラルマネジャを数年経験、独立して起業。現在は不動産所得で半引退生活。
(人物特定を避ける目的で一部経歴を変更しています)

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