自作PCの繁栄と衰退

この記事では、日本におけるDOS/V互換PCの自作に付いて、その繁栄と衰退を年代順に書いています。
※注意:筆者の推測や主観による物が多く、事実と異なる可能性をおおいに含んでおります。
現在書き掛け状態です・・・

日本でのPCアーキテクチャの群雄割拠時代(中盤は主に MSX 対 NEC PC88、後半は主に NEC PC98互換 対 IBM PS/2互換 )がWindows3.1に続くWindows95の登場で収束し、IBM(DOS/V互換)陣営の勝利が確定し、それに伴ってDOS/V互換機の自作が日本でも広まり始めた頃から現在に至るまでのCPUアーキテクチャの推移に視点を置いた年表という形をとりました。

時代は大きく第1期~第5期に別れ、それぞれが概ね4年ですから、4年毎の大きなサイクルで主戦場が変化しているとも言えます。

第1期:互換CPUメーカ群雄割拠時代
1994年~1998年頃
(この時代の終結は、IntelがSlot1で互換品を排除した事に加えてCeleron300Aに代表される低価格高性能なCeleronの爆発的なヒットによりSlot1の地盤が固まった為だと筆者は考えています)

半導体業界で通例として行われていたICやLSIのセカンドソースの考え方をCPUにも採用していたIntelは、その提携契約に束縛される形でSocket5/Socket7に対するCPUソケットの形状や電気的特性などへの独占的な権利を主張する事が困難な状況にあり、当時爆発的に売れ始めたPentiumの市場にセカンドソース権利を所有する半導体メーカ各社がこぞって安価で高速な互換CPUを投入し始め、ここに群雄割拠の時代が幕を開きました。

Socket5/Socket7で利用可能なCPUとしては、
 Intel Pentium(P54C)/MMX(P55C)
 IDT WinChip/WinChip2
 Cyrix(IBM) 6x86(M1)/MX/M2
 Rise mP6
 AMD K5/K6/K6-2/K6-III
などが有り、この時代ほど多種多様なソケット互換CPUが存在した時代は無いと思います。

残念ながら日本の誇るNECは16Bit時代にV30という強力なx86互換CPUを持ちながら、32Bit時代で大きく方向転換しV60/V70という全く新しいアーキテクチャで完全な独自路線を走り始めてしまった為に、この群雄割拠に至る直前に離脱してしまいました。この時期はPC98シリーズの衰退と併せて、それまでの市場独占とまで言われたNECの牙城が、これにより第一線からの退陣が確定的なものになってしまいました。

1994年 Intel 第二世代Pentium(P54C)発表、Socket5

1995年頃から互換CPUやODP(オーバードライブプロセッサ)が増え始めましたが、割愛致します。

1997年3月 Pentium with MMX 200MHz 11万5,000円 MMX命令を搭載、SIMDによる並列演算の幕開け
http://buffalo.jp/products/new/96053_2.html
※この当時は、未だインターネットが普及しておらず、ネット上のニュースが非常に少ないです。

1997年5月 Intel Pentium II 233MHz 10万円 Slot1を採用したPentiumIIが登場、互換品の排除が始まる
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970507/p2akiba.htm

1998年4月 Intel Celeron 266MHz 2万6,800円 ブランド名による2極化で安価な互換品の掃討作戦開始
http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/980425/celeron.html

1998年5月 AMD K6-2 333MHz 5万5,350円 3DNow! 搭載でMMXに対抗、同時にSuper7でSlot1に対抗
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/980529/amd1.htm

1998年年末に発売されたCeleron300Aの爆発的なヒットにより、翌年にはSocket7互換品の敗北が確定的な物に
(これについて、あえて情報ソースは掲載しません)

第2期:CPUクロック戦争時代
1999年~2003年頃
(この時代の終焉はクロックが3GHzに達した時期だと思われますが、明確な終結は2004年10月14日に行われたIntelによるPentium4の4GHz版キャンセル発表だと筆者は考えています。これにより業界全体の意識がマルチコアに統一されたのでは無いかと思います)

CPUメーカの群雄割拠を経て Intel 対 AMD の2極対決が鮮明になり始めた頃、この時代の幕開けは諸説あるかと思いますが、筆者の記憶では Super7 対 Slot1 が 440BX + Celeron300A@450MHz Dual によって Slot1の勝利に傾き、AMDが対抗策としてK7(Athlon)を発売した頃に激化し始めた様に思います。

1998年の年末頃から、2次キャッシュをコアに内臓した Celeron300Aの高耐性ロットが大量に出回り、440BXとの組み合わせで450MHzでの常時安定動作が非公式ながら可能になり、更にDual対応下駄によるSocket370版CeleronのDual化が可能になり、当時100万円以上していたDual-CPUマシンが、非常に安価で手に入る様になり、オーバークロックブームに拍車を掛けると供にDual-CPU旋風をも同時に巻き起こし、鉄板と呼ばれる程に安定していた440BXチップセットと組み合わせてIntelが圧倒的優位に立ちました。

1999年1月 PentiumIII 500MHz 9万8,800円 初のSSE(当時はKNIと呼ばれた)を搭載
http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/990130/p3_500.html

1999年8月 AMD Athlon 600MHz 8万9,800円 初のSlotAでSuper7から脱却、DDRメモリを先導
http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/990813/akibatv.html

2000年3月 PentiumIII 1GHz 10万8,460円(OEM価格による発表のみで、秋葉での流通は皆無)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000308/intel.htm

2000年4月 Athlon 1GHz 16万4,800円 本格的なGHz時代へ突入
http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/20000408/athlon1ghz.html

2000年11月 Pentium4 フライング発売 1.5GHz 13万円台
http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/20001111/pentium415.html

2001年9月 Pentium4 2GHz 6万7,800円 初の2GHz超え
http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/20010901/pentium42ghz.html

2001年10月 クロック対決で苦戦していたAMDがクロック表記に代えてモデルナンバーを採用
http://ascii.jp/elem/000/000/326/326578/

この頃より、半導体の実用的なクロック周波数上限は3GHz程度ではないかと囁かれ始める。
エンコードなどのマルチメディアに強いPentium4と、同一クロック性能で勝るAthlonがゲーム用途で底力をみせて好対照の勝負をしていた時期でもあります。

2001年 TigerMPに続きTigerMPXでDual Athlonの地位を確立。AMDのDual-CPU創世期を象徴
http://ascii.jp/elem/000/000/328/328094/
当時はWindows2000の普及やPentium4世代でのDual-CPUが高価であった事などを背景に、比較的安価に入手可能なDualCPU環境として一部の自作erの間で話題になり、リビジョン変更を重ねて4年間の長期に渡り販売が続きました

2002年11月 Pentium4 3.06GHz 7万9.320円(OEM価格) 初の3GHz超え
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1114/intel.htm

2003年2月 AMD AthlonXP 3000+ 7万3,980円
http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/20030222/athhlonxp3k.html

第3期:CPUマルチコア戦争時代
2002年~2006年頃
(筆者としましてはマルチコア戦争は4コア(或いは6コア)までの闘争をもって一旦終結と考えています)
2002年にPentium4で3GHzを達成したIntelは同時にリーク電流による発熱に悩まされクロック向上の限界と新しいアーキテクチャの設計に手間取り、その隙をAMDに突かれてサーバー/ワークステーション分野へのAMDの進出を許してしまいました。

2001年10月 Intel HyperThreading発表
http://www.nikkeibp.co.jp/archives/148/148747.html

2002年2月 HyperThreadingを搭載したNetBurst世代のXEONが登場 マルチコア時代への序章
http://journal.mycom.co.jp/news/2002/02/27/21.html
当時の筆者は、BEA WebLogicというサーバーサイドJavaのサーブレットエンジンに、J-RocketというXEONのHyperThreadingに特化したJava環境を組み合わせて、高スループットのサーブレッドフレームワークを某大企業向けに構築しておりました。

2003年4月 AMD Opteron 242(1.6GHz) 9万5,800円 x86拡張64Bitの幕開け、NUMA+モジュール構造によるマルチコア対応への伏線
http://ascii.jp/elem/000/000/337/337442/

2004年10月 Intel が Pentium4 の 4GHz版をキャンセルし、マルチコアに方向転換宣言
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0410/15/news010.html

2005年1月 EM64T 搭載 Pentium4 3.6GHz 4万6,999円 IntelがAMD互換64Bitを発売
http://ascii.jp/elem/000/000/346/346073/

2005年5月 AMD Opteron 275(2.1GHz DualCore)16万9,900円 x86初のDualコア
http://ascii.jp/elem/000/000/348/348069/

2005年5月 PentiumD 820(2.8GHz DualDie) 2万9,000円 x86初のDualダイ
http://plusd.itmedia.co.jp/pcupdate/articles/0505/26/news060.html

2006年1月 Core Duo 2GHz 5万6,480円 Intelにおけるx86初のDualコア(x86初はAMD)
http://akiba-pc.watch.impress.co.jp/hotline/20060107/etc_yonah.html

2006年8月 Core2 Duo E6700(2.8GHz) 7万0,980円 64Bit CoreMA時代の幕開け
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0805/intel.htm

2006年11月 Core2 Quad QX6700(2.66GHz) 12万9,000円 初の4コア
http://journal.mycom.co.jp/news/2006/11/17/403.html

2007年8月 AMD 4コア「Barcelona」を8月リリースへ
http://japan.cnet.com/news/ent/20351988/

この辺りで、既に主戦場がGPGPUへ移行し、IntelはLarrabeeでx86のメニィコアを目指し、AMDはATIを買収してFUSIONでヘテロジニアスマルチコアへ向かう方向に別れました。

一方、サーバ側ではFB-DIMMの失敗やFSBボトルネックの問題に悩まされるIntelに対し、NUMAによる高速I/O帯域を武器にしたOpteronによるシェア奪取が進み、IntelがFSBを捨ててNUMAつまりNehalemマイクロアーキテクチャの開発へと移行してゆきます。

2010年3月 AMD Opteron 6100 12コアCPUの発売
http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1003/29/news054.html
発売当時の見出しが「ヒットは難しいでしょうが、注目する人は多いはず」というのが皮肉です。12コアOpteron6100シリーズは2011年6月現在も静かなブームが続いており、高密度並列演算を必要とする人々や大容量メモリを必要とする人々に十分受け入れられています。

第4期:GPGPU戦争時代
2006年~2010年
(明確な始まりは諸説あると思いますが、PC業界ではAMDによるATI買収劇と、それに伴うFUSIONの発表やATI-Streamの発表、及びnVidiaによるCUDAの発表で、両者とも2006年に行われています。その下地として Cell Broadband Engine 等のヘテロジニアスマルチプロセッサが有ると思いますし、この頃から既に水面下での開発競争が始まっていたと思われます)

この時代のGPGPUは、未だCPUと統合されておらずCPUとGPUで異なるメモリを参照し、CPUメモリとGPUメモリの間の転送帯域がボトルネックに成り易く、結果としてCPUより強力な演算性能が生かし切れない状況にありました。また、CPUとGPUがそれぞれ独自の発展経路をたどっていた事も特徴と言えます。

Knights Ferry は何処へ向かっているのか?

GPGPUを推し進めつつも、一部のコアユーザには受けるものの、一般に浸透させる程には明確な用途が見つからずに若干迷走気味の時期でもあります。

第5期:モバイル端末によるPCマーケットへの侵食
2006年頃~
(見方によっては、iモードが登場した1999年とも)

この時代は第4期(第3期とも)と重なりますが、ハイエンドCPUが4コア@3GHzに到達した頃には、既に一般的な人々はローエンドの安価な製品の性能で十分満足してしまい、2極化が起きたと言えるのではないでしょうか?つまり、安価で使い勝手の良い軽量モバイルで必要十分な大多数の人々と、GPGPUの様な高度に並列化された演算能力を必要とする一部の人々です。もちろん後者は両方買うケースが多いとは思いますが。

これまでにも携帯電話の高機能化に伴うPCマーケットへの影響は有りましたが、時代の転換を決定付けたのはiPhoneやiPadやAndroidに代表されるジャイロとタッチパッドを併用した軽量大画面のモバイル端末ではないかと思われます。
歴史は繰り返す

IntelがAtomブランドを発表したのがiPhoneの世界展開時期と重なる事や、秋葉原のPCショップがたて続けに潰れ消えていったのが、この時代を象徴している様に思えます。
パソコンとしてのx86の終焉

秋葉原PCパーツショップ消滅の軌跡
2004年 アキバで閉店相次ぐ(小規模店舗の統廃合や萌え文化への移行など)
2004年5月 駅前立体駐車場の閉鎖
2005年1月 OVERTOP閉店
2005年3月 パソコン工房秋葉原店 閉店
・2005年9月 ヨドバシマルチメディア館オープンでパーツショップ衰退に拍車。
2005年11月 ぷらっとほーむ取締役会で閉店を決定
2006年2月 ソフマップ 秋葉原3店舗閉店
2007年8月 ラオックス ザ・コンピュータ館 閉店
2008年2月 高速電脳が事実上の倒産
2008年4月 ユーザーズサイド秋葉原本店が閉店
2009年9月 BLESS秋葉原本店が急遽閉店
2010年11月 T-ZONEが廃業

アキバのパーツショップ衰退はモバイル機器によるマーケット縮小のみならずネット通販やネットオークション台頭で店頭販売のメリットが失われた事に加えてアジア諸国でのPC需要が増えた事から日本市場に出回っていた中古・リース落ちPCが大量にアジア諸国へ流れた事も追い討ちを掛けている様です。

この時代、安価なモバイル機器に対抗するため鼻毛鯖やネットブックに代表される2万円以下の新品パソコンや、モバイル端末の契約とのセット販売で100円や500円といった破壊価格での新品パソコン販売が流行して、自作すると安価にPCが手に入る次代は完全に終焉しています。
自作PCの3極化

第6期:次の時代は、何処へ向かうのか?
2011年頃~


ほぼ4年周期で時代が代わり、今年は次の時代が始まる年です。

x86 vs ARM
パソコン vs モバイル
レガシー vs レガシーフリー
BIOS vs EFI

など、色々な対決構造が見え隠れしておりますが、今後4年間のヒントはジャイロやタッチパッドや空間センサなどに代表されるマンマシンインターフェスと、それを高速処理する為のGPGPUに代表される並列演算ユニットに有ると筆者は予想しております。
既にゲーム業界ではWiiのコントローラによる直感的マンマシンインターフェイスによる革命が起こり、モバイルではiPhoneやAndroidのジャイロ操作で革命が起こりましたが、PCにも似たような、かつ、より高度な革命が起きる(起きて欲しい)と思う訳です。

何より、AVXやFUSIONでGPGPUがCPUに取り込まれヘテロジニアスを浸透させてゆく戦略ですので、その有効活用が出来なければ、CPUの新製品が価値を失ってしまいますから、CPUメーカは、その用途を訴求する必要が有りますし、OSメーカも新たな何かを提唱してゆかなければ、新製品が売れてゆきません。

同時にモバイル方面からnVidiaがARMとGPUを使ったヘテロ構成でCPUマーケットに参戦してきましたので、CPU三国志時代に突入しつつあります。
3DOMOE2.jpg
加えてQualcommという自作erにはあまりなじみの無いCPUメーカーがモバイル分野のARM陣営の中で覇権を謳歌し始めており、nVidiaとのガチンコ対決が見られそうです。

PCでは、AVXとFUSION-APUの対決が見られそうですが、それ以上に大きな変革としてARMによるPCマーケットへの侵食=x86アーキテクチャが衰退(少なくとも競合)がありそうです。

とある調査によりますと、今後数年のPCマーケットは60億人規模で、そのうちCPUアーキテクチャを気にする層は数千万人規模に留まり、残りの大多数(99%)はCPUアーキテクチャを全く気にしない層らしいです。つまりx86とかARMとか、そういった事はどうでもよく、メールやツイッターやフェイスブックにアクセス出来ればあとはどうでも良いという事でしょう。

いづれにしろ、この時代に即したデュアルソケットの自作が出来れば筆者としては安泰です(って何がw)
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No title

自作PC以前にデスクトップPCが売れていません。
今、市場で売れているデスクトップPC:ノートPCの比率は25:75です。
少し前のネットブックブームの頃はもっとひどくて、15:85ぐらいでした。

デスクトップPCは既にメーカー製でも不採算化が著しく、撤退するメーカーも増えてきています。

そうなった理由はさまざまあると思います。
お気づきの人も多いと思いますが、「デスクトップPCがノートPCに食われる」なんてのはまだ入り口の段階です。
将来的には「パソコンそのものがモバイル端末に食われる」という時代がやってきます。
おそらく、10年後にはパソコンは今の半分程度しか売れていないはずです。

そんな時代になれば、デスクトップPCは跡形もないでしょう。
もちろん、デスクトップPCしか自作できない自作PCも道連れです。

Re: No title

始めましてm(_ _)m
コメント有難う御座います。

筆者にとっては、むしろデスクトップが25%も売れているという事が驚きです。
未だそんなに需要が有ったんですね。

ていうか、ネットブック市場はiPhone/Androidに食われたんですかね?

ちょうど1年前の記事です。
http://dualsocketworld.blog134.fc2.com/blog-entry-115.html

iPhoneが登場する前のiPodTouchを買ってネットに繋いで遊んだりはしましたが、未だちょっと不足ぎみです。

筆者的には4画面くらいのマルチモニタで相場の変動をリアルタイムに見れる環境と、データの分析や動画の高速エンコードやHD動画編集が出来るなら早々にメインマシンをモバイルにしてますが、未だ私の使い方で満足のいくモバイルには巡り逢えていません。

恐らく筆者は1%未満のコアユーザだと思いますが、そういう人も居るとは思いますので細々でも良いので自作PC市場も残って欲しいと思っています。

UEFI

BIOSは完全敗北したようですね…。UEFIのようなグラフィックは嫌いなのですが。

それから、キーボードのない端末は私の中では失格です。
N-06C買った→キーボード無い使いにくい→ベランダから投げ捨て(もちろんSIMはとりました。)
カシオペア買った→現役
ですねw

まあ、嫌い嫌いいってる私がわがままなだけなのですが。

Re: UEFI

> BIOSは完全敗北したようですね…。UEFIのようなグラフィックは嫌いなのですが。

ですね~

私はグラフィックでも良いのですが、各社の個性とかは辞めてほしいです。
ユーザーインターフェイス(UI)を変更するのは辞めて操作性を完全に統一してほしいです。

各社が使い易い様に独自に改良を重ねる行為は、筆者の様に多く買う人にとっては逆に使い辛さを際限なく拡大してゆく行為にほかならないからです。車でいえば、ブレーキとアクセルを逆に取り付け、どうだ!我が社の製品は使い易いように改良したぞ!と言っている様なもので危険かつ使い辛いです。

> それから、キーボードのない端末は私の中では失格です。

あー
私もスマホのフリック入力が未だに苦手です。
キーボードの様なブラインドタッチが出来ません。
フリックが早い人は無駄話の様にパターン化された文章向けの連想変換にサポートされているので、幾つかの決まったパターンで雑談する様なツイッターやLINEでは入力が異様に早いですが、丁寧な文章を書こうとすると突然遅くなります。自分の様な人向けではないという結論に至りました。

プロフィール

DualSocketTheWorld

Author:DualSocketTheWorld
自作を始めて20台目くらいになりますが、最初からデュアルソケット限定(始めた当時はデュアルスロット)で自作しており、近年になってAMD K6を試したくなりSocket7でK6-2+のシングル構成で組んだのがシングル初です。

シングルマザー(含:シングルソケットマルチコア)や4ソケット以上の自作は基本的にしませんし、メーカー製PCの改造も基本的にはしません(ノートPCのSSD化くらいはしますが・・・)

基本路線はワークステーションと呼ばれる分野での自作で、OSもWindows系であればProfesionalが主な対象に成ります。

ゲーマーの様なOverClockは行わず、WS路線としてハイエンドCPUとハイエンドGPUの組み合わせで定格或いはDownClockで発熱を抑えつつ、その時のアーキテクチャに置いて爆速かつ静音を目指し、30年以上の長期に渡り稼動状態をキープする事を目指します。

※基本的にリンクフリーです。どこでも自由にどうぞ。

※画像は時々変ります。

※お決まりの文章ですが、改造は個人の責任で行ってください。ここに記載された情報は間違いを含んでいる可能性が有り、それを元に製作や改造などをして失敗しても筆者は一切責任持てませんので悪しからず。

筆者略歴:
小学生時代にゴミ捨て場で拾ったジャンクテレビ数台を分解して部品を取り出し真空管アンプを自作、中学生時代にPC8801mkⅡsrでZ80アセンブラを始める。社会人になって初のプログラムは弾道計算、後に医療系・金融系プログラマ~SEを経て100~200人規模プロジェクトのジェネラルマネジャを数年経験、独立して起業。現在は不動産所得で半引退生活。
(人物特定を避ける目的で一部経歴を変更しています)

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