フクシマ

年頭にあたり、朝まで生テレビ「元旦激論!in『フクシマ』」を見ていて現地を見た経験をふまえ感じた事を書きます。

以前の記事にも書きましたが、昨年の震災で被害を受けた方々は、恵まれた人々です。

何が恵まれているか?

1:戦争に成っていない(世界には今も戦争している地域が多数)
2:治安が維持されている(世界には危険で容易には外出出来ない地域が多数)
3:食料が行届いている(世界には食料不足で餓死する人が多数)
4:衛生的な生活が出来る(世界には家が無く医療廃棄物の山で産まれ育つ人も)
5:自由な思想で発言出来る(世界には思想の自由が無い国が多数)
6:望めば無料で転居先が提供されている(世界には多くの難民が居る)

日本は貧しい国から食糧を買い取り、その国々を餓死者が出る程の食料不足にしている現実が有り、その買い取った食料の一部は被災地に無料で届けられています。

多少の不便が有っても、世界的に見れば日本人は被災者でさえピラミッドの頂点で裕福な生活をしています。

放射能が心配なら引っ越せば済む話で、引越し先が不安だからという理由で引っ越さない人々の心理的不安などは、世界の難民や貧民街で生活する人々の実態を知らないから言える贅沢な我侭にすぎません。

家族、親族、子供達を亡くした方も居るでしょうが、世界的に見れば、それは至極普通の事で、自分で自分の住む地域の過去を調べれば地震も津波も予防できた事です。

そろそろ気付きましょう。
 

筆者は、2度ホームレスを経験し、居候生活を日本で5度、海外で2度経験しています。
それを自慢する意図は有りませんが、振り返れば苦労も有りましたが楽しい日々も多くありました。
1度目のホームレス体験は、バブル崩壊で会社が倒産し借金だけが残った時。
2度目のホームレス体験は、酔っ払いの運転する車に追突され交通事故に遭い両足開放骨折で1年以上働けなくなり収入が途絶えた時です。

人間、本気に成れば金もコネも体力も無い状態から復活出来ます。もし仮に我が家が津波に流され土地が放射能に汚染されたり海に沈んだりした上に自分が肉体的に両足を失ったとしても、筆者なら子供を抱えて知らない土地で復活出来る自信が有ります。

日本人として、日本に生活している以上、法律で保障された制度が多数あります。
日本には職業選択の自由も有ります。

有り難い事です。

日本人でなければ受けられない保障が多々有ります。
日本に住んでいなければ受けられない保障も多々有ります。
日本人として日本に住んでいる事に感謝し、これからの自分に何が出来るかを考えるべきではないでしょうか?

被災者であっても、日本人であれば、その経験を生かして恵まれない国に生まれた人々を救済するくらいの発想が出来ても良いとさえ思います。

過去を引きづるのではなく、過去に感謝し、
今日を悲観するのではなく、今日を満喫し、
将来に絶望するのではなく、将来を開拓し、
今の自分の全てを無条件で受け入れる事で自信が生まれ、
そうする事で楽しい人生が送れると思います。
  
筆者は無宗教が故に自分で得た経験や知識を基に心の置き場を定めていますが、何らかの信仰心が有る人であれば、それに縋る事も大切な事かもしれません。
 
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DualSocketTheWorld

Author:DualSocketTheWorld
自作を始めて20台目くらいになりますが、最初からデュアルソケット限定(始めた当時はデュアルスロット)で自作しており、近年になってAMD K6を試したくなりSocket7でK6-2+のシングル構成で組んだのがシングル初です。

シングルマザー(含:シングルソケットマルチコア)や4ソケット以上の自作は基本的にしませんし、メーカー製PCの改造も基本的にはしません(ノートPCのSSD化くらいはしますが・・・)

基本路線はワークステーションと呼ばれる分野での自作で、OSもWindows系であればProfesionalが主な対象に成ります。

ゲーマーの様なOverClockは行わず、WS路線としてハイエンドCPUとハイエンドGPUの組み合わせで定格或いはDownClockで発熱を抑えつつ、その時のアーキテクチャに置いて爆速かつ静音を目指し、30年以上の長期に渡り稼動状態をキープする事を目指します。

※基本的にリンクフリーです。どこでも自由にどうぞ。

※画像は時々変ります。

※お決まりの文章ですが、改造は個人の責任で行ってください。ここに記載された情報は間違いを含んでいる可能性が有り、それを元に製作や改造などをして失敗しても筆者は一切責任持てませんので悪しからず。

筆者略歴:
小学生時代にゴミ捨て場で拾ったジャンクテレビ数台を分解して部品を取り出し真空管アンプを自作、中学生時代にPC8801mkⅡsrでZ80アセンブラを始める。社会人になって初のプログラムは弾道計算、後に医療系・金融系プログラマ~SEを経て100~200人規模プロジェクトのジェネラルマネジャを数年経験、独立して起業。現在は不動産所得で半引退生活。
(人物特定を避ける目的で一部経歴を変更しています)

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